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47 ツチクジラ 太平洋・日本海・オホーツク海

Baird's Beaked Whale

Berardius bairdii

                                                        PIC
                                                        図1. 洋上でジャンプするツチクジラ
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最近一年間の動き

2008年は、年間66頭の捕獲枠のもとに操業が行われたが、捕獲枠に2頭満たず64頭を捕獲して操業を終了した。


利用・用途

鯨肉は、房総半島周辺ではタレと呼ばれる乾肉として利用され、他の地域では一般の鯨肉と同様、鮮肉、缶詰用加工肉等として流通している。また脂皮も汁物などの食用に利用されている。


図2

図2. 和田浦に水揚げされたツチクジラ


図3

図3. ツチクジラの分布図


図4

図4. 日本周辺におけるツチクジラの分布と漁場および水揚げ地(捕鯨基地)


図5

図5. 体長と年齢の関係(Kasuya et al. 1997より)


図6

図6. ツチクジラ捕獲頭数の経年変化 (1948〜1993年は粕谷(1995)、1994〜2008年は遠洋水産研究所データより作成)


図7

図7. 捕獲物平均体長の経年変化(1991〜2008)(木白、未発表データより)


表

付表. ツチクジラの捕獲頭数(1948〜1993年は粕谷(1995)、 1994〜2008年は遠洋水産研究所のデータより)


漁業の概要

本種の捕獲は、少なくとも17世紀には始まっており、江戸時代から明治時代初頭にかけて千葉県勝山沖を中心に手投げ銛を用いた捕獲が行われていた(Omura et al. 1955, Ohsumi 1983, 金成1983)。その後、捕鯨船による近代的な漁法が本種の捕獲にも導入され、戦後、小型捕鯨業による捕獲が急増し、漁場も千葉県周辺から三陸、北海道、日本海沿岸まで広がった。小型捕鯨業は1947年に農林水産大臣許可漁業となり、1952年には年間300頭を超える捕獲がなされたが、その後、捕獲頭数は徐々に減少し、我が国の自主規制として1983年に年間捕獲枠40頭が設定された(IWC 1984)。本種は、国際捕鯨委員会(IWC)の管轄外であることから、ミンククジラの商業捕獲が停止された1988年以降、小型捕鯨業の主要な対象種の一つとなり、我が国の自主管理のもとに、今日まで捕獲が続けられている(図2)。

年間捕獲枠は1990年以降、54頭に設定され、北海道網走、宮城県鮎川、千葉県和田浦を根拠地(捕鯨基地)として捕獲されてきた(Kasuya et al. 1997)。主な漁場は、太平洋側沿岸(常磐から房総沖)とオホーツク海(羅臼から網走沖)である。また1999年から、別途、日本海のツチクジラを対象に、年間8頭の捕獲枠が設定され、函館を基地としての捕獲が開始された。これらの捕獲枠は、2005年に最新の系群情報に基づいて見直しが行われ、日本海系群10頭、オホーツク海系群4頭、太平洋系群52頭、計66頭の捕獲枠が新たに設置された。このうち太平洋系群については、その年の捕獲数が捕獲枠に満たなかった場合、10頭を上限に翌年への繰り越しが認められている。これらの操業は大臣許可を受けた小型捕鯨船5隻が従事している。


生物学的特徴

本種は、アカボウクジラ科最大の種であり、ハクジラ類ではマッコウクジラについで体が大きい。房総沖の捕鯨によって得られた生物データの解析から、成長停止時の平均体長は、雄で10.1 m(9〜14歳)、雌で10.45 m(13〜15歳)、捕獲物の最高年齢は、雄で84歳、雌で54歳と推定されており、雌より雄の方が小さく(ハクジラ類は、雄の方が大きくなる種の方が多い)、雄の方が30年近く長生きする(成熟個体の性比は雄に偏る)という特異な生物学的特性を有することが知られている(Kasuya et al. 1997)。これらの特性から、本種の社会構造は、雄が育児に貢献するというきわめて特異なものである可能性が示唆されている(Kasuya 1995)。洋上では、通常、数頭の群れで観察されることが多く、10〜25頭の群れで遊泳しているケースもみられるが、群れ組成については明らかでない(Kasuya 1986)。

本種は、北太平洋温帯域の固有種である。カリフォルニア湾南端から北アメリカ西岸、アリューシャン列島、カムチャツカ半島、千島列島をへて日本近海にまで分布するが(図3)、特に大陸棚の外縁から大陸斜面にかけてのやや深い海域にみられることが多い(Balcomb 1989)。

日本近海では、夏季に、太平洋側では伊豆半島以東(北緯34度以北)、日本海側では北緯36度以北でみられ、特に房総、常磐沖では水深1,000〜3,000mの大陸斜面に多くみられる(Kasuya and Miyashita 1997)。これに応じて、本種の漁場も、7月から8月にかけて房総、常磐沖に、9月上旬には羅臼、網走沖に形成される(図4)。日本海側では5月から6月にかけて北海道沿岸檜山沖で捕獲がなされている。冬季の分布については明らかでない。

本種の系群については、分布の違いから、日本近海に3系群(太平洋系群、日本海系群、オホーツク海系群)がいると推定されてきたが(Kasuya and Miyashita 1997)、捕獲物の外部形態解析(Kishiro 2007)、mtDNA解析(吉田、未発表)から、これら3系群の存在が強く支持された。

本種は、約4.5m前後で出生し、雄は6〜11歳(9.1〜9.8m)、雌は10〜15歳(9.8〜10.7m)で性成熟に達する(図5)。交尾期のピークは10〜11月、妊娠期間は約17ヶ月、出産のピークは3〜4月、年間排卵率は0.47と推定されている(Kasuya et al. 1997)。

胃内容物の解析から、餌生物は主として魚類と頭足類であり、特にソコダラ類やチゴタラ類、深海性イカ類などが主要な餌生物であることが知られている(Walker and Mead 1988、Government of Japan 2002、Ohizumi et al. 2003)。また、データロガー装着実験により、本種が房総沖では少なくとも1,700m以上の水深まで潜水することが明らかとなった(Minamikawa et al. 2007)。本種を捕食する生物についての知見はないが、あえて挙げるとすればシャチは天敵になり得ると考えられる。


資源状態

太平洋側については1991〜1992年、日本海側とオホーツク海については1983〜1989年の目視調査データに基づき、各々以下の資源量が推定されている。太平洋側(北海道〜相模湾):5,000頭(95%信頼区間2,500〜10,000頭) (Miyashita and Kato 1993)、日本海東部:1,500頭(同370〜2,600頭)(Miyashita 1990)、オホーツク海南部:660頭(同310〜1,000頭)(Miyashita 1990)。なお、日本海の推定値には、北朝鮮、ロシア200海里水域が、またオホーツク海の推定値には南樺太東沿岸や千島沿岸などが含まれていない。このため、上記の値は系群全体の資源量推定値としては過小推定の可能性がある。近年も調査船目視調査を継続して行っているが、このような調査海域のカバレージの問題(日本海、オホーツク海側ではロシア200海里内の入域許可を得ることが難しい)に加え、見落とし率推定上の問題(長時間潜水に伴う調査線上の見落とし率の取り扱いや、群れの密集に伴う二次発見の増加)も生じ、最新の妥当な資源量推定値を得ることが困難な状況となっている。これらの問題を解決するため、2002年より、見落とし率推定のためのデータロガー装着による潜水行動の記録に取り組みデータの収集に努めている。また近年の分布、資源動向を把握するため、別途2008年に本種を主対象とした目視調査を日本海と太平洋側沿岸で実施した。今後も、データの集積を進め、資源量推定値の改訂作業に役立てる予定である。

本種については、1950年代から1970年代初頭にかけて年間百頭を超える捕獲が行われてきたが(図6)、これらの捕獲が初期資源に与えた影響については明らかでない(当時の捕獲統計には別種の捕獲も混在していた可能性も示唆されている: 粕谷1995)。

本種はIWCの管轄外であるため、資源状態についての国際合意はない。近年の年間捕獲頭数は推定資源量の1%前後であり、捕獲物の性比、体長組成の経年変化からみた限りにおいては、現在の捕獲レベルが資源状態に悪い影響を与えているという兆候はみられていない(図7)。ただし、本種の推定資源量は、1980年代から90年代初頭にかけて得られたものであり、近年の資源量推定値は得られていない。資源動向を正しく把握するために、目視調査を継続し推定値を更新することが必要不可欠である。


【資源水準】

各系群の資源量が1,000〜5,000頭程度と小さいこと、また分布範囲も限られていることから、資源水準が高位であるとは言い難く「中位」とみなすのが妥当であろう。


【資源動向】

漁獲物組成の動向からは、資源の増加ないし減少を示す兆候は得られておらず、「横ばい」と考えられる。


管理方策

本種を捕獲する漁業は、農林水産大臣の許可漁業である小型捕鯨業のみであり、海域ごとに年間捕獲枠、操業期間(日本海:5〜6月、太平洋:6〜8月、オホーツク海:8月〜9月)、操業隻数(5隻)、水揚げ地(日本海:函館、太平洋:鮎川、和田浦、オホーツク海:網走)を定めている。本種の資源については、資源状態のモニタリングと操業の監視を行うため、全操業期間を通して各水揚げ地に調査員を派遣し、全ての捕獲個体を対象に漁獲物調査を行っている。

IWC科学委員会では、ヒゲクジラ類を対象として、資源の不確実性を考慮した新たな資源管理モデル(改定管理方式:RMP)を開発した。しかし、複雑な社会構造を有するハクジラ類に同モデルをそのまま適用することには慎重を要する。このため、本種については、同委員会に参加する専門家らのコンセンサスに基づく推定資源量の約1%を目安とした捕獲枠や、PBR (Potential Biological Removal:混獲動物の管理に米国で採用されている資源量、増加率等の不確実性を取り込んだ捕獲枠算出モデル) による試算値などを参考に、水産庁が捕獲枠を設定している。

本資源の管理目標としては、現在の資源水準の維持が望まれる。今後、本資源を適切に管理していくために、ヒゲクジラ類と同様に、ハクジラ類を対象とした新たな管理方式モデルを開発していくことが必要とされる。


ツチクジラ資源の現況(要約表)

資源水準 中位
資源動向 横ばい
世界の漁獲量
(最近5年間)
なし
我が国の漁獲量
(最近5年間)
62〜67頭
平均:64.4頭
管理目標 現在の資源水準の維持
資源の現状 太平洋沿岸(北海道〜相模湾):5,000頭 (2,500〜10,000頭, 1991〜1992年)
日本海東部:1,500頭(370〜2,600頭, 1983〜1989年)
オホーツク海南部:660頭(310〜1,000頭, 1983〜1989年)
管理措置 年間捕獲枠66頭)
(日本海10頭、オホーツク海4頭、太平洋52頭))
操業許可期間)
(日本海:5〜6月、オホーツク海:8〜9月、太平洋:6〜8月)
洋上解体禁止と水揚げ地の限定)
(日本海:函館、太平洋:鮎川、和田浦、オホーツク海:網走)
操業許可隻数(延べ数))
(日本海:1隻、太平洋:4隻、オホーツク海:2隻)
資源管理・評価機関 農林水産省

執筆者

鯨類グループ
いるかサブグループ
遠洋水産研究所・鯨類生態研究室

木白 俊哉


参考文献

  1. Balcomb, K.C. 1989. Baird's beaked whale Berardius bairdii Stejneger, 1883: Arnoux's beaked whale Berardius arnuxii Duvernoy, 1851. In Ridgway, S.H. and Harrison, R. (eds.), Handbook of marine mammals. Vol.4: River dolphins and the larger toothed whales. Academic Press. 261-288 pp.
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